コロナ禍からの回復期にある今、ホテル業界ではM&Aの動きが急速に活発化しています。
本記事では、ホテルM&Aの市場背景から、売却側・買収側それぞれのメリット、適正な価値評価の方法、統合プロセスの重要ポイント、法的リスク、そして外資系ファンド参入の影響まで、実例を交えながら徹底解説します。
なぜ今ホテルM&Aが注目されているの?

コロナ禍を経て、ホテル業界は大きな転換期を迎えています。かつてない規模での業界再編が進む中、ホテルM&Aへの注目度が急速に高まっています。業界内外の投資家や経営者たちが、この変化の波をビジネスチャンスとして捉えているのです。特に、日本のホテル市場は国際的な投資家からも高い関心を集めており、M&A市場の活性化が進んでいます。
では、なぜこのタイミングでホテルM&Aが注目を集めているのでしょうか。その背景には複数の要因が絡み合っています。
インバウンド需要の回復と影響
訪日外国人観光客数は2023年後半から急速に回復しており、ホテル業界に再び活気をもたらしています。特に都市部や人気観光地では客室稼働率が大幅に上昇し、宿泊単価も引き上げられています。
この需要回復を受けて、多くの投資家がホテル資産に注目するようになりました。特に、インバウンド需要を取り込める立地のホテルは投資対象として高く評価されています。
また、インバウンド需要に対応するため、多言語対応やキャッシュレス決済の導入などのサービス面での進化も求められています。こうした変化に単独で対応するのが難しいホテルオーナーは、大手チェーンやホテル運営会社との統合を模索するケースが増えています。
この動きは特に地方の観光地で顕著です。かつては家族経営で運営していた老舗旅館が、インバウンド需要を取り込むためのノウハウや資金を持つ企業に買収されるケースが各地で見られます。
老朽化施設の再生ニーズ
日本国内の多くのホテルや旅館は高度経済成長期からバブル期に建設されたものが多く、施設の老朽化が深刻な課題となっています。設備更新やリノベーションには多額の資金が必要となりますが、単独のオーナーではその負担に耐えられないケースが少なくありません。
特に注目すべきは、老朽化施設の問題をブランドリニューアルの機会と捉える戦略です。古い設備を最新のものに交換するだけでなく、施設全体のコンセプトを見直し、新たなターゲット層を開拓することで収益性を大きく向上させることが可能になります。
業界再編の加速と規模の経済
コロナ禍を経て、ホテル業界では生き残りをかけた再編が進んでいます。特に中小規模の独立系ホテルは、大手チェーンと比較して予約システムや人材確保などの面で不利な状況に置かれています。複数のホテルをまとめて運営することによる規模の経済を追求する動きが活発化しているのです。
また、異なる価格帯やコンセプトのホテルを複数保有することで、多様な顧客ニーズに対応できるポートフォリオ戦略も増えています。例えば、ラグジュアリーからエコノミーまで異なるブランドのホテルを保有することで、様々な顧客層を取り込み、市場変動リスクを分散させる戦略が採られています。
後継者問題の解決策として
日本全体の課題である事業承継問題は、ホテル・旅館業界でも深刻です。特に地方の老舗旅館では、次世代への承継がうまくいかず、廃業を選択するケースも少なくありません。こうした状況の中、M&Aは事業継続の有効な選択肢として注目されています。
後継者不在のホテル経営者にとって、M&Aは単なる「売却」ではなく、長年築き上げてきた事業や従業員の雇用を守る手段となります。
ホテル売却側のメリット

ホテルを売却する側にとって、M&Aは単なる事業からの撤退ではなく、さまざまな戦略的メリットをもたらす選択肢となります。資金面での課題を抱えるオーナーはもちろん、将来を見据えた経営判断としてM&Aを選ぶケースも増えています。
では、ホテル売却側が享受できる具体的なメリットを詳しく見ていきましょう。
従業員の雇用継続の可能性
ホテル経営者が事業売却を検討する際、最も心配するのが従業員の処遇です。特に長年共に事業を育ててきた従業員の雇用と将来を守りたいという思いは強いものです。実は、M&Aを通じた事業売却は、廃業と比較して従業員の雇用を守る可能性が高くなります。
買収側も、ホテル運営におけるノウハウや顧客との関係を持つ人材はきわめて貴重な資産と考えています。実際に、多くのホテルM&Aでは、従業員の雇用継続を条件として売買契約が締結されるケースが増えています。
さらに、大手ホテルチェーンによる買収の場合、従業員にとっては新たなキャリアパスが開けるメリットもあります。単独のホテルでは限られていたキャリア選択肢が、グループ内の他施設への異動や本社機能部門での勤務など、多様な可能性が広がります。
また、新たな経営体制の下で導入される研修プログラムや福利厚生の充実化も、従業員にとっての大きなメリットです。特に、人材育成に力を入れている買収企業の場合、サービス品質向上のための体系的な研修や、キャリア開発支援などが導入されることで、従業員の成長機会が広がります。
経営基盤強化のチャンス
資金力のある企業グループの傘下に入ることは、経営基盤を大きく強化するチャンスになります。特に、設備投資や運転資金の面で苦しい状況にあるホテルにとって、M&Aによる資金調達は事業継続の鍵となります。
具体的には、老朽化した設備の更新や、時代のニーズに合わせたリノベーションに必要な資金を確保できるようになります。単独では実現困難だった大規模な改装も、買収企業の資金力を背景に実施することが可能になり、施設の競争力が高まります。
また、経営ノウハウの獲得も重要なメリットです。特に、マーケティングやIT活用、海外からの集客など、従来弱みがあった分野でのノウハウを得ることができます。
さらに、グループ内の他ホテルとの連携による相乗効果も見逃せません。共同購買による原材料費の削減や、予約システムの統合による効率化など、経営面での様々なメリットが期待できます。
後継者問題の解決手段に
日本のホテル・旅館業界では、経営者の高齢化と後継者不足が深刻な課題となっています。中小企業庁の調査によれば、宿泊業の経営者平均年齢は67歳を超え、その半数以上が後継者未定の状態です。このような状況下で、M&Aは後継者問題を解決する有効な手段となっています。
家族内や従業員への承継が難しい場合でも、M&Aを通じて事業そのものを存続させることができます。特に地域に根差した老舗ホテルや旅館の場合、単に個人の財産という側面だけでなく、地域の歴史や文化を担う存在でもあり、その存続は地域社会にとっても重要な意味を持ちます。
また、子の世代が事業を引き継ぐ意思はあっても、経営ノウハウや資金が不足しているケースもあります。このような場合、一部の株式譲渡を通じて資本参加を受け入れることで、後継者が経営を学びながら事業を継続するという選択肢も可能になります。この「部分的なM&A」により、創業家の意向を尊重しつつも、新たなパートナーのサポートを得ながら事業承継を進めることができるのです。
さらに、M&Aの準備プロセスそのものが、事業の棚卸しと経営改善の機会になるというメリットもあります。売却に向けた企業価値評価の過程で、事業の強みや課題が明確になり、承継前に必要な改善策を講じることができます。
創業者利益の実現
長年にわたりホテル事業に携わってきたオーナーにとって、M&Aは自身の投下資本を回収し、創業者利益を実現する重要な機会となります。特に、施設の価値や運営ノウハウを適正に評価してもらうことで、これまでの経営努力に見合った対価を得ることができます。
ホテルM&Aにおける売却価格は、一般的にEBITDA倍率や純資産価値、将来キャッシュフローの割引現在価値などに基づいて算出されますが、立地条件や施設の希少性、ブランド力などの無形資産も大きく影響します。例えば、都心の好立地に位置するホテルや、歴史的価値のある建築物を活用した特色あるホテルは、高い評価を受けやすい傾向があります。
また、売却のタイミングや方法を工夫することで、より有利な条件を引き出すことも可能です。例えば、単純な現金での一括譲渡だけでなく、株式交換や継続的なロイヤリティ支払いなど、様々なスキームを組み合わせることで、税務面でのメリットを最大化したり、将来の事業成長分も含めた利益を享受したりすることができます。
ブランド力向上の機会
大手ホテルチェーンや知名度の高い企業グループの傘下に入ることで、ホテルのブランド力が向上するというメリットも見逃せません。特に、地方の独立系ホテルにとって、全国的に認知されたブランド名を冠することは、新たな顧客層の開拓につながります。
また、、マーケティングや広報活動においても、グループ全体の知名度やリソースを活用することができます。個別のホテルでは難しかった大規模なプロモーションや、専門的なマーケティング戦略の実施が可能になり、効果的な集客につながります。
ホテル買収側のメリット

ホテルM&Aは売却側だけでなく、買収側にとっても多くの戦略的メリットをもたらします。買収側企業は、単なる規模拡大ではなく、地域的な補完性や施設ポートフォリオの多様化など、様々な戦略的視点からM&Aを活用しています。
また、近年では従来のホテル業界のプレイヤーだけでなく、異業種からの参入も増加しており、業界の垣根を超えた再編が進んでいます。ここでは、買収側が得られる具体的なメリットについて詳しく検討していきましょう。
新規事業参入で市場シェア拡大
異業種からホテル業界に参入する企業にとって、M&Aは迅速かつ効果的な市場参入手段となります。不動産デベロッパー、鉄道会社、航空会社など、様々な業種の企業がホテル事業への多角化を図っています。
これらの企業がホテル業界に参入する背景には、本業とのシナジー効果への期待があります。例えば、不動産デベロッパーの場合、保有する不動産の有効活用やエリア開発におけるホテルの集客力活用といった狙いがあります。
また、異業種参入によるイノベーションの可能性も大きなメリットです。従来のホテル業界の常識にとらわれない新たな発想やビジネスモデルの導入が可能になります。
さらに、既存事業とホテル事業を組み合わせることで、顧客に対するワンストップサービスの提供が可能になるというメリットもあります。
既存施設活用でコスト削減
新規にホテルを開発する場合と比較して、既存ホテルの買収は初期投資を大幅に抑えることができるというメリットがあります。建物建設や設備導入といった高額なコストを避け、運営を即座に開始できる点が大きな魅力です。
特に、都心部など新規開発が難しい立地におけるホテル取得手段として、M&Aは効果的な選択肢となります。厳しい建築規制や地価高騰により新規建設が困難なエリアでも、既存ホテルの買収であれば参入障壁を越えることができます。実際に、東京や大阪の中心部では、新規建設よりもM&Aによるホテル取得が増加しています。
また、既存施設には営業許可や各種認可が既に取得されているというメリットもあります。ホテル事業には消防法、建築基準法、旅館業法など様々な法規制が関わりますが、これらの許認可を新たに取得するプロセスは時間と労力を要します。M&Aでは、これらの許認可を引き継ぐことができるため、事業開始までの期間を大幅に短縮できます。
さらに、既存施設のバリューアップによる資産価値向上の可能性も見逃せません。運営効率化やリブランディングにより、比較的少ない追加投資で収益性を大きく改善できるケースも少なくありません。
新規顧客層の獲得手段
異なる顧客層をターゲットとするホテルの買収は、顧客基盤を短期間で拡大する効果的な手段となります。
顧客層の多様化は、景気変動や季節変動に対するリスクヘッジとしても機能します。ビジネス需要とレジャー需要、国内需要と海外需要など、異なる特性を持つ顧客セグメントを持つことで、特定市場の低迷時にも安定した経営が可能になります。
インバウンド需要対応で競争力強化
訪日外国人観光客の増加に伴い、インバウンド需要への対応力は重要な競争優位性となっています。海外での知名度が高いホテルチェーンや、インバウンド集客のノウハウを持つホテルの買収は、この面での競争力を一気に高める効果があります。
特に、インバウンド需要に強いホテルを買収することで、海外予約チャネルへのアクセスや多言語対応のノウハウなど、独自に構築するには時間のかかる仕組みを即座に獲得できるメリットがあります。
また、国際的なブランド展開の足がかりとしても、インバウンド対応に強いホテルの買収は有効です。日本国内での知名度だけでなく、海外からの評価も高いホテルブランドを獲得することで、将来的なグローバル展開の基盤を築くことができます。
スピーディーな経営戦略実現
ホテル事業の拡大や新規参入を計画する企業にとって、M&Aは新規開発と比較して圧倒的に速いスピードで戦略を実現できるというメリットがあります。新規ホテル開発では、用地取得から建設、開業準備まで通常3〜5年を要するのに対し、M&Aであれば数ヶ月で運営を開始できます。
この「時間の節約」は、急速に変化する市場環境においては非常に重要な競争優位性となります。特に、インバウンド需要の急増や東京オリンピック後の需給バランス変化など、市場の転換期には、素早い対応が求められます。
また、許認可取得や人材採用などの時間を要するプロセスをスキップできるというメリットも大きいです。特に、旅館業法に基づく営業許可や消防法関連の認可など、取得に時間がかかる各種許認可を引き継げることは、事業開始までの期間短縮に大きく貢献します。
さらに、既に稼働中のホテルであれば、買収直後から収益を生み出すという点も大きなメリットです。新規開発の場合、投資回収までに長期間を要しますが、運営中のホテル買収であれば、即座にキャッシュフローが発生します。この点は、特に資本効率を重視する投資家にとって魅力的です。実際、プライベートエクイティファンドなどの投資家がホテル資産に注目する理由の一つは、この即時の収益化可能性にあります。
ホテルの価値をどう評価すべきか?

ホテルM&Aにおいて最も重要かつ難しい課題は、対象ホテルの適正な価値評価です。ホテルは単なる不動産ではなく、運営ビジネスとしての側面も持つ複合的な資産であるため、多角的な視点からの評価が必要になります。
それでは、ホテル価値評価の主要な側面について詳しく見ていきましょう。
立地条件と将来性の分析
ホテルの価値を決定する最も重要な要素の一つが立地条件です。「ホテルビジネスの成功は、Location, Location, Location(立地、立地、そして立地)」と言われるほど、立地は決定的な要素と考えられています。立地評価では、現在の条件だけでなく、将来的な発展可能性も含めた分析が重要です。
立地条件を評価する際には、主要駅や空港からのアクセス性、観光スポットや商業施設との近接性、周辺環境の快適性などが基本的な評価ポイントとなります。例えば、都市部のビジネスホテルであれば、オフィス街やターミナル駅からの近さが重視され、リゾートホテルであれば、自然環境や観光資源へのアクセスが評価されます。
また、再開発の可能性も重要な評価ポイントです。特に、用途地域や容積率に余裕があり、現在よりも高度利用が可能な立地は、不動産価値の上昇余地という観点から高く評価されます。
財務状況と収益性の精査
ホテルの企業価値評価において、財務状況と収益性の精査は最も基本的かつ重要なプロセスです。一般的に、ホテルの価値評価には、EBITDA(利息・税金・減価償却費・償却費控除前利益)の倍率法やDCF(割引キャッシュフロー)法などが用いられます。
EBITDA倍率法は、業界標準の簡便な評価方法として広く使われています。日本のホテル業界では、立地や施設グレードにより異なりますが、概ね8〜15倍程度のEBITDA倍率が適用される傾向があります。ただし、この倍率は市場環境や個別の事情により大きく変動するため、常に最新の取引事例を参照することが重要です。
一方、DCF法では、将来のキャッシュフローを予測し、適切な割引率で現在価値に換算します。この方法では、今後の需要予測や競合状況、設備投資計画なども考慮した詳細な事業計画に基づいた評価が可能になります。特に、開業間もないホテルや、大規模リノベーション後の成長が見込まれるホテルの評価には、DCF法がより適しています。
財務デューデリジェンスの過程では、表面的な収益性だけでなく、収益構造の詳細な分析も重要です。例えば、客室売上と料飲売上のバランス、季節変動の度合い、固定費と変動費の比率などは、事業の安定性や収益性改善の余地を判断する上で重要な指標となります。
また、運転資金の状況や設備投資の履歴も重要な確認ポイントです。過去の設備投資の状況は、将来必要となる投資額を予測する上で重要な情報となります。特に、老朽化が進んでいるにもかかわらず設備投資が先送りされているケースでは、M&A後に追加コストが発生する可能性が高いため、その分を価格から差し引く調整が必要になります。
さらに、コスト構造の分析も欠かせません。人件費率や原価率、水道光熱費などの経費水準が業界標準と比較してどの程度効率的か、また改善余地がどの程度あるかという視点での分析も重要です。
ブランド力と顧客基盤の評価
ホテルの企業価値を評価する上で、数字には直接表れにくいものの重要な要素が、ブランド力と顧客基盤です。特に長期間営業を続けているホテルでは、築き上げられた顧客ロイヤルティやレピュテーションが大きな無形資産となります。
ブランド力の評価には、様々な指標が活用されます。まず基本となるのは、リピーター率です。リピーターの割合が高いホテルは、顧客満足度が高く、安定した収益基盤を持つと評価できます。高級ホテルの中には、リピーター率が50%を超えるケースもあり、そうしたホテルは競合の影響を受けにくい堅固な事業基盤を持つと言えます。
また、オンライン上の評価も重要な指標です。トリップアドバイザーやGoogleマップなど、旅行関連の口コミサイトでの評価スコアや口コミ内容は、ホテルの実質的な評判を反映しています。
予約チャネルの分析も顧客基盤を評価する上で重要です。直販比率の高さは、OTA(オンライン旅行代理店)などの仲介手数料削減につながるだけでなく、顧客との直接的な関係構築ができていることを示す指標となります。
特に近年では、会員プログラムの価値も重視されるようになっています。ホテルの会員データベースは、リピーターを確保するための貴重な資産です。会員数、会員の利用頻度、会員一人当たりの年間売上などの指標に基づき、会員プログラムの価値を定量化する試みも行われています。
さらに、法人契約の状況も重要な評価ポイントです。安定した法人需要を確保できているホテルは、景気変動の影響を受けにくく、収益の安定性が高いと評価されます。特に、長期契約を結んでいる優良法人顧客の存在は、将来キャッシュフローの予測可能性を高める重要な要素となります。
設備状況と投資必要額の算定
ホテルM&Aでは、物理的な建物や設備の状態を正確に評価することも非常に重要です。特に古い施設の場合、見た目では分かりにくい劣化や不具合が潜んでいることがあり、買収後に予想外の投資が必要になるリスクがあります。そのため、専門家による詳細な物理的デューデリジェンスは不可欠のプロセスとなります。
まず基本となるのは、建物本体の構造的な評価です。耐震性能、防火設備、給排水設備など、基本的なインフラの状態は、将来的な大規模修繕の必要性を判断する上で重要な要素となります。
設備面では、空調、エレベーター、ボイラーなど、運営上重要な設備の状態や更新時期の確認が必要です。これらの設備は一般的に10〜15年で更新が必要とされており、更新時期が近いものが多い場合は、その費用を見積もって価格調整を行うことになります。
客室内装やパブリックスペースの状態も重要な評価ポイントです。内装の陳腐化はゲスト満足度に直結するため、競争力維持のためには定期的なリノベーションが必要です。一般的に、客室の全面リノベーションは7〜10年サイクルで必要とされており、最後のリノベーションからの経過年数に応じた投資必要額を見積もる必要があります。
M&A後の統合プロセスで重要な点は?

ホテルM&Aの成功は、買収後の統合プロセス(Post Merger Integration: PMI)の質に大きく左右されます。いくら戦略的に優れた買収案件であっても、統合プロセスがうまく機能しなければ、期待したシナジー効果は実現せず、むしろ価値を毀損してしまうリスクもあります。
このような失敗を避け、M&Aの本来の目的を達成するためには、綿密な統合計画と実行力が不可欠です。それでは、PMIにおける重要ポイントを具体的に見ていきましょう。
業務プロセスの統一と向上
ホテルM&A後の統合プロセスにおいて、業務プロセスの統一は最も基本的かつ重要な要素です。異なる運営システムやオペレーション方法を持つホテルを効果的に統合するためには、業務プロセスの標準化と最適化が不可欠となります。
まず取り組むべきは、現状の業務プロセスの詳細な分析です。買収側と被買収側それぞれの業務プロセスを棚卸し、強みと弱みを明確にします。単に買収側の方法を押し付けるのではなく、双方のベストプラクティスを取り入れた新たなプロセスを構築することが重要です。
標準化の対象となる主要な業務プロセスとしては、予約管理、チェックイン・チェックアウト、客室清掃、料飲サービス、バックオフィス処理などが挙げられます。これらのプロセスを標準化することで、複数施設間での人材の流動性が高まり、スタッフの教育コスト削減や人材の柔軟な配置が可能になります。ある
また、バックオフィス業務の効率化も見逃せないポイントです。経理、人事、購買などの間接部門は、集約化による効率化の余地が大きい領域です。
業務プロセスの統一に際しては、段階的なアプローチが有効です。すべてを一度に変更するのではなく、顧客への影響が少ない領域から順次導入していくことで、混乱を最小限に抑えることができます。
人事制度の調整と人材配置
M&A後の成功において、人材マネジメントは最も難しくかつ重要な要素の一つです。特にホテル業界では、サービス品質が人材の質に直結するため、統合後の人事制度設計と人材の最適配置は事業成績に大きな影響を与えます。異なる企業文化や給与体系、評価制度を持つ組織の統合には、細心の注意と計画的なアプローチが必要です。
まず取り組むべきは、両社の人事制度の詳細な比較分析です。給与水準、評価体系、昇進制度、福利厚生など、あらゆる面での違いを把握し、統合後の新制度設計に活かします。単純に買収側の制度を押し付けるのではなく、双方の良い部分を取り入れた新たな制度設計を行うことが、従業員の納得感を高める上で重要です。
特に注意が必要なのが、給与・報酬体系の調整です。同じ役職や業務でも、買収前は異なる報酬水準であったケースも少なくありません。統合後に不公平感が生じないよう、職務分析に基づく適切な報酬テーブルの設計が求められます。ただし、急激な変更は従業員の不安や反発を招くリスクがあるため、経過措置を設けるなどの配慮も必要です。
ホテルM&Aで注意すべき法的リスクとは?

ホテル業界のM&Aでは、通常の企業買収に伴う法的リスクに加え、ホテル事業特有の複雑な法規制への対応が求められます。宿泊施設としての安全性や衛生管理に関する法令から、土地・建物に関わる不動産法規、そして従業員の雇用条件に至るまで、多岐にわたる法的側面を精査する必要があります。
適切な法務デューデリジェンスを行わずに取引を進めた場合、買収後に予想外の法的問題や追加コストが発生するリスクがあります。
それでは、ホテルM&Aにおいて特に注意すべき法的リスクについて詳しく見ていきましょう。
不動産関連法規の遵守確認
ホテルM&Aでは、建物や土地といった不動産に関する法的リスクの確認が最も基本的かつ重要なプロセスです。特に、建築基準法や消防法などの安全関連法規への遵守状況は、将来的な追加投資の必要性やブランドリスクに直結する重要な要素となります。
まず確認すべきは、建築基準法への適合状況です。特に築年数の古いホテルでは、建築当時は適法であっても、その後の法改正により現行法に適合しない「既存不適格」の状態になっているケースが少なくありません。こうした既存不適格建築物は、現状のままでの使用は認められていますが、大規模な改修や用途変更を行う場合には現行法への適合が求められます。
消防法への適合状況も重要なチェックポイントです。特にスプリンクラーや防火区画、避難経路などの安全設備は、宿泊者の生命に関わる重要な要素です。消防法への不適合が判明した場合、是正のための投資が必要になるだけでなく、最悪の場合は営業停止命令などの行政処分を受けるリスクもあります。実際に、
また、土地の権利関係や利用規制の確認も欠かせません。土地の所有権だけでなく、地上権、賃借権、地役権などの他者の権利が設定されていないか、また都市計画法や景観条例などによる建築制限がないかを確認する必要があります。特に、温泉地の旅館などでは、温泉権や引湯権といった特殊な権利関係が複雑に絡み合っているケースもあり、専門家による詳細な調査が必要です。
さらに、特に複数の国や地域にまたがるホテルポートフォリオのM&Aでは、それぞれの地域の法規制の違いにも注意が必要です。例えば、景観保全や歴史的建造物の保護に関する規制は地域によって大きく異なり、将来的な改修計画に影響を与える可能性があります。
旅館業法をはじめとする営業許可の確認も重要です。旅館業の許可は、原則として営業者(法人)と施設ごとに与えられるものであるため、M&Aによる経営主体の変更に伴い、新たに許可を取得する必要があるケースもあります。特に、個人経営の旅館を法人が買収するようなケースでは、許可の引継ぎ手続きを事前に確認しておくことが重要です。
労働契約と雇用条件の精査
ホテルM&Aにおいて、従業員の雇用関係は非常に重要な検討事項です。特にホテル業界では人材がサービス品質を左右する重要な要素であり、統合後の従業員の処遇や労働条件は、事業の継続性に大きな影響を与えます。
まず確認すべきは、現在の雇用状況と労働契約の内容です。正社員、契約社員、パート・アルバイト、派遣社員など、雇用形態ごとの人数や条件を精査します。特に、個人経営の旅館やホテルでは、口頭での雇用合意や曖昧な労働条件のままで長年運営されているケースもあり、法的リスクの観点からの整理が必要です。
就業規則の内容と実態の乖離も重要なチェックポイントです。形式的には就業規則が存在していても、実際の運用が大きく異なっている場合、統合後に労使間の摩擦が生じるリスクがあります。
契約関係の整理と引継ぎ
ホテル運営においては、様々な取引先との契約関係が存在します。M&Aに伴いこれらの契約関係を適切に整理し、円滑に引き継ぐことは、事業の継続性を確保する上で極めて重要です。
まず確認すべきは、土地・建物の賃貸借契約です。特に、土地や建物を所有せずに賃借している形態のホテルでは、賃貸借契約の譲渡可能性や条件の確認が最重要課題となります。多くの賃貸借契約には、賃借権の譲渡や転貸に際して貸主の承諾が必要となる条項が含まれており、M&Aに伴う経営主体の変更が契約違反と判断されるリスクがあります。
またレストランやスパなどの施設を外部事業者に賃貸している場合、それらのテナント契約の確認も欠かせません。特に、長期契約や独占的利用権を付与しているケースでは、将来的な施設リニューアルや用途変更の自由度が制限される可能性があります。
また、OTA(オンライン旅行代理店)との契約関係の確認も重要です。特に、特別な条件(最低価格保証など)を含む契約や、特定のOTAに高い依存度がある場合、M&A後の販売戦略に影響を与える可能性があります。一部のOTA契約には、経営主体の変更に伴う契約見直し条項が含まれているケースもあり、事前の確認が必要です。
保険契約の確認と見直しも重要です。特に、火災保険や地震保険、賠償責任保険などの重要な保険について、補償範囲や条件を精査し、M&A後も適切な保険カバーが維持されることを確認する必要があります。実際に、ある温泉旅館のM&A事例では、地震保険の補償範囲が不十分であることが判明し、追加的な保険手配が必要となったケースもあります。
外資系ファンドの参入で何が変わる?

日本のホテル市場は、近年、海外投資家やグローバルファンドの注目を集める主要な投資先となっています。2010年代後半から加速した外資系ファンドの参入は、日本のホテル業界の構造やビジネスモデル、評価基準に大きな変革をもたらしています。
特に、国内投資家と比較して、外資系ファンドは異なる投資戦略や収益モデル、タイムホライズンを持ち、より積極的な資産運用アプローチを取る傾向があります。こうした新たなプレイヤーの参入は、単に資金が流入するという変化にとどまらず、ホテル経営の考え方そのものに変革をもたらしています。
こうした変化は、今後の日本のホテル業界の発展方向を大きく左右する重要な転換点となっています。
高級ホテルからビジネスホテルへの参入拡大
外資系ファンドのホテル投資は、当初、都心の高級ホテルに集中していましたが、近年ではより幅広いセグメントへと投資対象を拡大しています。特に、安定した事業モデルと高い稼働率を誇るビジネスホテルセグメントへの参入が顕著になっています。
従来、外資系ファンドは、国際的なブランド力を持つラグジュアリーホテルや、インバウンド需要の高い都心部の上級ホテルを主な投資対象としていました。これらのホテルは、海外投資家にとって理解しやすい事業モデルであり、国際的な評価基準での価値判断が容易だったためです。実際、2015年から2019年にかけて行われた大型ホテル取引の約70%が外資系投資家によるものであり、その多くがラグジュアリーセグメントでした。
しかし、コロナ禍を経て市場環境が変化する中、外資系投資家の関心は「アッパーミドル」や「ミドル」セグメントのホテル、さらにはビジネスホテルチェーンにも広がっています。この背景には、高級ホテル市場の飽和感と、ビジネスホテルの安定した事業モデルへの再評価があります。
さらに、従来は投資対象として見られていなかった温泉旅館などの日本の伝統的宿泊施設にも、外資の関心が広がっています。特に、建物の老朽化や後継者不足などの課題を抱えながらも、立地やブランド力などの潜在的価値を持つ老舗旅館は、バリューアップ投資の好機と捉えられています。
このような投資対象の拡大は、日本のホテル市場の多様化と深化をもたらしています。従来は国内資本が中心だったホテルセグメントにも国際的な運営ノウハウや投資手法が導入され、サービス品質の向上や運営効率化が進んでいます。
バリューアップ投資の増加とその影響
外資系ファンドの参入によって特に顕著になっているのが、積極的なバリューアップ投資の増加です。これは単なる設備の更新や修繕にとどまらず、ホテルの収益性と競争力を根本的に高めるための戦略的な投資アプローチです。
外資系ファンドは、一般的に「買収→バリューアップ→売却(Exit)」という明確な投資サイクルを持っており、中期的な時間軸(通常3〜7年程度)での投資回収を目指します。そのため、買収後すぐに収益性向上のための積極的な投資を行う傾向があります。
バリューアップ投資の一つの大きな柱は、施設の物理的改装です。特に、利便性や快適性に直結する客室内装、パブリックスペース、レストラン、スパなどの施設の刷新が優先的に行われます。このような改装投資は、一般的に1室あたり数百万円の規模に上ることもあり、短期的には大きなキャッシュアウトとなるものの、客室単価やレベニューの向上につながる重要な施策となっています。
不動産投資としての再評価
外資系ファンドの参入は、ホテルに対する投資アプローチそのものを変革しています。従来、日本国内では「運営事業」としての側面が強調されてきたホテル業ですが、外資系ファンドの参入により「不動産投資」としての側面が再評価されるようになりました。
特に注目されているのが、ホテル投資の「アセットクラス」としての位置づけです。外資系投資家は、オフィスや商業施設、住宅などと並ぶ独立した不動産投資カテゴリーとしてホテルを捉え、その収益特性やリスク特性に基づいた投資判断を行います。
また、ホテル不動産の「流動性」の向上も重要な変化です。外資系ファンドの参入により活発化したM&A市場は、ホテル資産の売買機会を増加させ、市場の透明性と流動性を高めています。これにより、ホテルは単なる事業用資産ではなく、流動性のある投資商品としての性格を強めています。
さらに、不動産としての資産価値向上を重視した戦略的な投資判断も増えています。例えば、立地の良さや再開発可能性など、不動産としてのポテンシャルに着目した投資が増加しています。。
また、投資回収手法の多様化も進んでいます。従来の「買収→運営→売却」という単純なモデルだけでなく、「買収→バリューアップ→リファイナンス」や「買収→REIT組み入れ」など、多様な出口戦略が模索されています。例えば、複数ホテルを買収・再生した後、ポートフォリオとしてホテルREITに売却するという戦略を取るファンドも出てきています。
このような「不動産投資」としての再評価は、日本のホテル業界の資金調達環境にも変化をもたらしています。従来は銀行融資が中心だったホテル向け資金調達も、メザニンファイナンスやノンリコースローン、CMBS(商業用不動産担保証券)など、不動産金融の手法が活用されるようになっています。これにより、事業者の信用力だけでなく、物件そのものの収益力に基づいた資金調達が可能になり、新規参入や大規模再開発のハードルが下がっています。
ただし、このような不動産投資の観点からの評価が進む一方で、ホテル特有の運営ノウハウや人的サービスの価値をどう評価するかという課題も生じています。単なる「箱」としての不動産価値だけでなく、ブランド力やサービス品質、顧客満足度など、無形の価値要素をどう評価し、投資判断に組み込むかは、今後の重要な課題となっています。
資金調達手段の多様化
外資系ファンドの参入に伴い、ホテル業界における資金調達手段も大きく多様化しています。従来の銀行融資中心のファイナンス構造から、国際的な資本市場を活用した多層的な資金調達スキームへと進化しています。
まず注目されるのが、エクイティ投資の多様化です。プライベートエクイティファンド、ソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)、機関投資家、富裕層向けファンドなど、様々な性格を持つ投資家がホテル市場に参入しています。例えば、北米系のオポチュニティファンドは高いリターンを求めて再生型案件に投資する一方、中東や東南アジアの政府系ファンドは長期保有を前提とした安定案件に投資するなど、投資家によって戦略や期待リターンが異なります。この多様化により、様々なリスク選好に応じた資金調達が可能になっています。
次に、デット(借入金)の調達手段も多様化しています。従来の国内銀行からの通常融資に加え、ノンリコースローン、メザニンファイナンス、優先出資など、様々な形態の借入が活用されるようになっています。特に、物件の収益力に依拠したノンリコースローンの活用は、オーナーの信用力に依存せずに大型投資を可能にする重要な手段となっています。
さらに、証券化手法の活用も進んでいます。CMBS(商業用不動産担保証券)やREIT(不動産投資信託)などの仕組みを活用することで、機関投資家や個人投資家からの資金を広く集めることが可能になっています。特に、J-REITにおけるホテル特化型REITの登場や、海外REITによる日本のホテル資産の取得増加は、ホテル投資の出口戦略を多様化させる重要な変化です。
しかし一方で、複雑化する金融スキームに対応するための専門知識や、国際的な投資家とのコミュニケーション能力など、ホテル事業者に求められるスキルも高度化しています。特に、中小規模の事業者がこうした変化に対応していくためには、外部専門家との連携や、自社の経営人材の育成が課題となっています。
まとめ
ホテルM&Aは、インバウンド需要の回復や業界再編、後継者問題など様々な背景から注目を集めています。売却側にとっては従業員の雇用継続や経営基盤強化、創業者利益の実現といったメリットがあり、買収側には市場シェア拡大やスピーディーな経営戦略実現などの利点があります。成功するM&Aには、立地条件や財務状況、ブランド力、設備状況など多角的な価値評価が不可欠です。
また、買収後の統合プロセスでは業務プロセスやITシステムの統合、人事制度の調整など細心の注意を払うべき点があります。さらに、建築基準法や消防法などの法規制遵守、労働契約の精査、各種契約関係の整理も重要な課題です。近年は外資系ファンドの参入により、投資対象の拡大やバリューアップ投資の増加、不動産投資としての再評価、資金調達手段の多様化など、業界は大きな変革期を迎えています。
今後のホテル業界において、M&Aという選択肢を戦略的に活用することが、事業の持続的成長と価値最大化の鍵となるでしょう。